ブラタモリのように東京のいろいろな地域を散歩しながら、歴史、芸術、文化などを楽しむ20代30代中心のサークルです!
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■ 今回の内容
余り行く機会がない「淀橋市場」にいってみましょう!
普段からも見学は可能ですが、この日はまつりなのでいつも以上に活気があり楽しいと思います。
淀橋市場まつり
都民の方へ卸売市場と生鮮食料品に関する理解を深めていただくとともに、食生活の向上や食育・花育の普及などを目的に、市場を開放する特別なイベントです。青果物、食肉及び花の販売・即売コーナー、食育コーナー、模擬店等があります。
●淀橋市場とは
関東大震災以降、人口が急増した東京市の周辺区部や郡部の青果物供給拠点として、既設の民設13市場を統合し、昭和14(1939)年に淀橋区役所の隣に開設された青果市場です。
●淀橋という地名
新宿中央公園の中にある十二社熊野権現を勧請した中野長者鈴木九郎の伝説が残る淀橋は、昔「姿見ずの橋」と呼ばれていました。「淀橋」の名の由来は、「川の流れが緩やかでよどんで見えたから」という説など諸説あります。現在でも、淀橋市場、新宿区淀橋第四小学校・幼稚園、淀橋教会が、この地名を名乗っています。
●淀橋町の誕生から東京市編入まで
明治22年施行の町村制によって、柏木村、角筈村などが合併、南豊島郡淀橋町が誕生しました。淀橋市場のある柏木の地には、大町桂月、内村鑑三、大杉栄、西條八十らが住んでいました。淀橋町は、昭和7年には東京市に編入され、淀橋区となりました。
●現在の場内
築地本場・神田分場・江東分場だけでは既存の民営食品市場を収容できないので、東京市は新たに4つの分場を作る第二次分場建設計画を策定(昭和7年)。これに基づき、昭和14年に淀橋分場が開場しました。
●淀橋市場の礎を築いた人
井荻村(杉並区)の青年村長として数々の偉業を遺した内田秀五郎氏。都市計画史に残る先駆的な土地区画整理事業は有名です。また、農業振興のため青果市場開設に尽力したことも業績の一つです。淀橋分場の開場とともに新たに東京新宿青果株式会社を設立、戦後は東京都議会議長としても活躍されました。その銅像は善福寺公園にあります。淀橋市場内にも胸像が建立されています。
●淀橋市場の特徴「ターレを見かけないのはなぜ?」
1日平均700-1,000トンの野菜・果物が行きかう淀橋市場。青果市場としては大田、豊洲に次ぐ取扱量ですが、敷地面積は約2.4ヘクタールと狭く、卸売場棟も3階建て。卸売市場でおなじみのターレットトラック(通称ターレ)はほとんどなく、電動アシスト荷車(通称マイティーカー)が活躍しています。
公式ページ
https://www.shijou.metro.tokyo.lg.jp/info/05/#m06
■ 流れ
①集合
②見学
③時間になったら終了
■ 下記了承の上ご参加ください
※開始の6時間前の時点で最少催行人数を下回っている場合は中止となります。その場合は全額返金されます。場合によってはもっと早く判断することがあります。
※キャンセルの場合はメッセージではなくイベントのチケット選択画面でしてください。
※なんらかの理由で入れない場合、開催予定のイベントが開催されない場合は何らかの形で開催します。そのときに話し合って決めます。
※途中参加はOKですが、合流できない場合の責任は負えません。
※適宜イベントの様子を撮影いたします。
※営業、勧誘、迷惑行為がある場合はつなげーとに報告の上、今後のイベント参加が不可となります。
イベントの過去の様子は下の画像をご覧ください🙂



