0
4
20代の頃、「自分のため」に生きるって、
すごくポジティブな言葉だった。
やりたいことを全力で追いかけて、
自分を磨いて、自分の人生をちゃんと自分の手で選んでいく。
誰かに合わせるのではなく、
自分に正直に、自分を大事に。
そんな生き方が「幸せ」だと思っていたし、実際そうだった。
だけど、30代に入ったあたりから、
少しずつその“幸せ”の輪郭が曖昧になってきた。
やりたいことをやっているのに、どこか心がザワつく。
手に入れたものは確かに嬉しい。
でも、思っていたよりも喜びが長続きしない。
新しいことを始めても、
「次は何をすればいいんだろう」とすぐに考えてしまう。
最初は「疲れてるのかな」と思っていた。
でも何度も同じ感覚が続くうちに、
これは“自分のためだけの幸せ”に、どこかで飽きてきているんじゃないか?と気づいた。
もちろん、自分を大切にすることは、これからも必要だ。
けれど「自分のため」だけでリソース(時間・お金・労力)を使い続けることに、どこか限界を感じ始めている。
この感覚、あなたにも少し「わかる」と思ってもらえるんじゃないだろうか。
よく考えたら、20代って「自分を耕す時間」だったと思う。
どんな花が咲くかも分からないまま、土を掘り、種をまき、水をやる。
それはそれでとても尊い時間だったし、必要だった。
でも、30代に入ってくると、少しずつ芽が出て、葉が茂って、「今度は何をする?」というフェーズに入ってくる。
ここで求められているのは、「耕し続けること」じゃない。
むしろ、それまで耕してきたものを“誰かと分かち合う”という選択。
つまり、「循環させる」段階に入っていく。
自分のために頑張ってきたからこそ、
次はそのエネルギーを少し外に向けてみる。
家族でも、友人でも、後輩でも、社会でも、
誰かのために時間や労力を使うとき、不思議と心が温かくなる。
直接「ありがとう」と言われなくても、
「自分が役に立ったかもしれない」という感覚が、じんわりと満たしてくれる。
逆に、自分のためだけに時間を使い続けると、どこかで“循環”が止まってしまう。
その先にあるのは、ちょっとした虚無感や、
「結局、何がしたいんだろう?」という問いのループだ。
それは決して「間違ってる」とか「足りてない」とかじゃなくて、ただステージが変わっただけ。
これまでと同じルールで動いていたら、違和感が出るのは当然なんだと思う。
30代からの幸せは、きっと「自分の外側」にある。
それは、誰かの期待に応えることでも、自己犠牲することでもない。
ただ、今まで自分が育ててきたものを、そっと誰かに差し出してみる。
そのやさしさの中に、次の幸せがある気がしている。
🌱まとめ
「自分のための幸せ」には、優しい賞味期限がある。