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2026/7/25(2回目)帝銀事件を知り、登戸研究所に行こう

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先週よりずっと暑い🫠移動時は37℃くらいあった土曜日でした
2回目の帝銀事件を知り、登戸研究所に行こうという企画です。
参加者は11名です。
先週同様、ジョナサンで勉強会をして、戦後の未解決事件、帝銀事件と登戸研究所のことを学んでから、資料館に行きます、
今回はテーブルが横並びとなり、2つのパソコンを使って、説明しました↓

↑ランチも食べて、登戸研究所跡地である明治大学生田キャンパスに向かいます。
しかし、暑い🫠
本当に溶けそうな暑さです。
途中でミニストップに寄って涼みますが、すぐ暑さでゲンナリしてきます😅
今回は↓エスカレーターに乗って丘にある生田キャンパスを目指しました

↑丘の上には約5万坪のある、キャンパスが広がります。
一番奥の資料館に行くまでにまあー、暑かったですね
↓今回も最初に映像を視聴します

↑映像アニメーションは先週同様、登戸研究所の概要とその秘密を持ち続けた元研究員たちの苦悩を伝えるものです。
→終了後、ガイドさんの展示説明が始まります・
↓最初は研究所のジオラマを見ながら、概要を説明していただけます

→ガイド終了後、外の弾薬庫に案内して頂きました✨
↓南京錠で鍵をしているので、スタッフ同行で入りました

↑ここは入るだけですが。中は天井が漆喰だそうで、今にも崩れそうな場所です。

→スタッフさんのご厚意でもう一つの弾薬庫も案内いただくことになりました。
竹藪の中にひっそりある倉庫のようです。

↑見える丘はかつて風船爆弾を飛ばした丘とのことを聞きました。
成功した時は大喜びだったのでしょうね🤔
↓ここがその弾薬庫。園芸同好会というのは、ここが明治大学キャンパスになってからの名残だそうです。

↑もう一つの弾薬庫は中にはいれます
スタッフの方も久々に入ったとか😑

→キャンパス内の消火栓を見て、かつてのヒマラヤスギがあった場所。
現在はセンターフォレストという建物の中に入ります↓

↑その後、動物慰霊碑を暑い中行きました😅

最後に「弥心神社」に参拝、記念碑を見て説明をし、終了です。

終了後、皆様に感想を聞きました。

【参加者の皆様からの感想】
●公安は昔も変わらない、今も変わらないと思った。
戦争犯罪とかいわれることもあるということだけど、当時働いていた人の苦悩や研究所跡地の見学は面白かった

●思った以上に、戦争末期の人々の迷走加減が分かった。
秘密を何十年も抱えるのは大変だと思う、なぜならそれを話せないということは働いていた人の気力や成果がないものになってしまう。それが芸術と似ていると感じた。

●資料館で秘密研究所と秘密を抱える人達のアニメを観た時、敗戦によって登戸研究所がなかったことにするという苦しさや無念さを感じたと想像した。

●なかなか来れなかったところなので、来ることができてよかった。思っていたより期待以上の場所でした。

●知識ゼロできたので、ファミレスの説明があって、理解ができた。思ったよりもミッションインポッシブルみたいでした

●今回の見学は違うサークルと合わせて2回目にきたけど、今回は事前の座学と少人数での見学だったので、より深く理解できた。

●貴重な体験ができた、祖父母も晩年に語りがっていた戦争体験を思い出すが、その戦争体験とは今回の勉強した場所は違うものでした。
秘密研究所とはいえ、40年間、口を閉ざすつらさは想像に察せられない。
敵国のために頑張って研究した技術や努力を提供することが悲惨だと感じた
登戸研究所の全貌が分かる大きなきっかけを提供してくれた伴さんの態度には感銘を受けた。

【総評】
主催として登戸研究所にはこれで3回目です。実は最初の渡邊先生の説明から、今回の3回目までそれぞれ違う人の説明を聞いて、人それぞれの説明内容がけっこう違っていて、ぼくは比較ができたので、面白かったし、いろんな知識の補完ができました。
やはりこれだけの情報量を持つ博物館は3回くらい来ないとわからないなあと思いつつ、最後にこの施設のほとんどが寄付金で賄われていることをスタッフの方から聞いて、驚きました。
元登戸研究員の人達が生前に言っていた、「戦争が過去に起こった出来事から歴史に変わってしまう」という危機感は今に生きる私たちが自分の学びも含めて、サークル活動で少しでも広げることができればうれしいなと思いました。
れきシルでは来月も戦争関係の展示や勉強を行います。8月の終戦記念日のタイミングで学んでいきましょう。