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稽古日2025年7月10日
「演劇」と聞くと、どんなイメージを持ちますか?厳しい稽古、高い技術力、生まれ持った才能...そんな敷居の高さを感じる方も多いかもしれません。しかし、大阪で活動する劇団天文座は、そんな演劇の常識を覆す新しいアプローチで注目を集めています。
「演劇を誰もが気軽に楽しめるように」という願いから始まった劇団
劇団天文座は、2020年8月10日に森本座長によって設立されました。設立のきっかけは、座長の「演劇を誰もが気軽に楽しめるように」という情熱的な想いでした。まもなく5周年を迎えるこの劇団には、10代の女子高生から50代の社会人まで、性別や国籍も多様な38名のメンバーが所属しています。
興味深いことに、劇団員のほとんどが天文座で初めて演劇を始めた未経験者です。これは偶然ではありません。森本座長は「未経験者の方が楽しく学べる」と考えており、演劇経験の有無よりも、学ぶ意欲や新鮮な感性を重視しているのです。
科学的アプローチで解明する「演技が上手くなる方法」
天文座の最大の特徴は、森本座長による独自の演技指導メソッドにあります。座長は16歳から演劇を始め、プロの人形劇団での経験や児童発達支援施設での管理職経験を持つ、まさに演劇と人間理解のスペシャリストです。
森本座長は「演技コーチ」として、「どうすれば演技が上手になるのか」を科学的に解明しようと試みています。日常生活の会話や行動を細かく分解し、「どうやって舞台上で表現していくか」を論理的に説明します。座長の信念は明確です。「誰でもお芝居は上手くなれるし、そんなに難しくない」。
現代口語演劇理論で学ぶ「リアルな演技」
天文座では、日本の現代演劇界に大きな影響を与えた平田オリザ氏の「現代口語演劇理論」を学びます。この理論は、従来の演劇とは大きく異なるアプローチを取っています。
日常の会話に隠されたドラマ
平田氏の理論では、激しい対立や非日常的な場面ではなく、「ありふれた日常の会話」に焦点を当てます。なぜなら、現代社会のリアルは、むしろそうした何気ない会話の中に潜んでいるからです。
舞台では「脱中心性」と「同時多発性」が重視され、あちこちで複数の会話が同時に進行したり、誰かが一人で作業したりします。まるで現実のパーティーや職場の休憩室のような「音響的風景」を舞台上に再現し、観客は「どこに注意を向けるか」を自ら選択することになります。
「文脈のずらし」が生む静かな緊張
特に印象的なのは「文脈のずらし」という技法です。何気ない雑談中に誰かが「先日、〇〇さんが亡くなったんですよ」と告げることで、会話の文脈が大きく変わる瞬間に生まれる「静かな劇的緊張」。これは、現実の人間関係でも頻繁に起こる、微妙で複雑な感情の動きを表現する方法です。
実践的で楽しい稽古内容
天文座の稽古は「演技に関する知識の講義」「台本を使った演技学習」「実践」という流れで行われます。特に実践的な訓練には、他では体験できないユニークな要素が満載です。
複雑な状況での同時処理
セリフを言うだけでなく、同時に「何歩歩くか」「どちらの方向を向くか」「どのような表情で話すか」「重心を上げるか下げるか」「片手でできるボディランゲージ」「誰と握手するか」などの複数の指示をこなす練習を行います。
予期せぬ行動で瞬発力を養う
セリフを言った後に「なんでやねん」と言いながらジャンプしたり、「ふざけんなよ」と言ったりする、予期せぬ行動を織り交ぜることで、役者の瞬発力や対応力を養います。
「セリフ後」の演技の重要性
多くの俳優がセリフを言い終わると止まってしまう傾向があることを座長は指摘します。日常生活では、人が話している間も、聞きながら行動したり、次のアクションに移ったりします。そのため、天文座ではセリフを言った後も動き続ける訓練を重視しています。
自己判断を排除して自由な表現を目指す
稽古中は「失敗も成功もうまいも下手もない」と繰り返し伝えられます。これは、役者が「できた」「できなかった」「良い」「悪い」といった自己判断をしてしまうと、それ以上成長が止まってしまうためです。
多くの指示を同時に与えることで、役者が一時的に「わけがわからなくなる」「パニックになる」状態を作り出すこともあります。これは、キャパシティが満たされ、自分を「捨てる」ことで、より自由に、枠にとらわれずに表現できるようになるためです。
アットホームな雰囲気と自由な参加体制
「劇団」と聞くと厳しいイメージがあるかもしれませんが、天文座は「灰皿が投げられるようなことはありません」と明言するほど、温かくアットホームな雰囲気を大切にしています。
稽古は週7日、ほぼ毎日行われていますが、「来たい時に来ていただけたら大丈夫」という非常に自由なスタイルです。月額料金は1万円で、何回参加しても同じ料金。仕事やプライベートとの両立も十分可能です。
演劇の力で社会を変える
天文座は単に演劇のスキルを教えるだけでなく、人との繋がり、自己表現、そして個人の成長を促す場を提供しています。森本座長は、演劇をコミュニケーション教育や発達特性を持つ子どもたちへの応用など、社会貢献のツールとしても捉え、日本の自殺率を減らすという大きな目標も掲げています。
演劇を「特別なもの」から「身近な趣味」へ
劇団天文座の挑戦は、演劇を「特別な才能を持つ人だけのもの」から「誰もが当たり前に親しむ趣味」へと変えることです。科学的なアプローチと温かい指導により、未経験者でも安心して演劇の世界に足を踏み入れることができます。
もしあなたが「演劇に興味はあるけれど、難しそう」「自分には才能がないから」と躊躇しているなら、劇団天文座の扉を叩いてみてはいかがでしょうか。そこには、演劇の新しい可能性と、あなた自身の新しい発見が待っているかもしれません。