Blog Image

2026/6/21荘園を流れで理解しよう

4

18

中世のキーワードであり、分かりにくい代名詞である荘園という言葉。
これを歴史の流れで学ぼうというのがテーマです。
参加者は8名。
参加者の荘園の理解やイメージもバラバラなのが、本サークルのいいところです✨

会場は久々の東京駅八重洲地下街のTULLY'Sです

勉強会の内容は、
・荘園の用語と難しいと思われる理由(荘園は財産であると考え、税制度や財産制度が変わるから難しいと説明しました)
・荘園の歴史の流れ(飛鳥時代後半から始まる律令制度から太閤検地まで荘園の歴史をざっくり説明)
→ここからが本編です
・公地公民制度(古代は日本の土地は天皇、国家のものという始まりから話します)
・初期荘園(税収を増やすため、新田開発を奨励。しかし、それが荘園の始まりでした)
・寄進型荘園(国司の横暴とやとわれ経営者の苦難、それが荘園を増やすことに)
・領域型荘園と知行国制度(いよいよ国家トップも荘園を作る、国家は破綻寸前で知行国制度へ)
・武士の登場と下地中分(武士が介入して土地はさらなる複雑さへ。結局、荘園を2つの支配形態に分かれます)
・在京制度と村制度(力をつけた大名は京都から動けない。地方では武士と村という新たな制度が育ってきました)
・戦国時代と太閤検地(荘園制度は事実上崩壊。しかし国それぞれが荘園みたいなものは存在する。それは秀吉の全国統一で一元化しました)

勉強会途中には下記質問を頂きました

【質問】
●荘園の支配形態、領家と荘官の関係性
●下地中分で、荘園の支配形態はどう変わったのか
●地頭は荘園にどのように関わったのか

【感想】
◯腐敗していた摂関政治や院政時代で荘園は全盛を迎え、武士たちの登場や戦乱で荘園制度は崩壊。
なるべくしてなった歴史だったと感じた

◯各時代のルール変更や権力構造を知り、人々がそれぞれの納得ができるとそのルールがハマる、ハマらないという結論に分かれるのだと感じた
最終的な村制度の重要性を感じた

◯情報が多くて頭がパンクしそうですが、それぞれが自分の利益、生活を維持するために行動していると感じた。現在のふるさと納税のことを思い出し、現在でも市町村で税のとった取られたをやっていると思ったし、ルールはそれぞれのバランスが重要だと思った。しかし、天皇の権力は弱いものだとも感じた。

◯最初の土地制度については理想的だけど、だんだん私利私欲に走るのだなあと感じた

◯領域型荘園まではわかりやすかったが、武士の登場以降は複雑でわかりにくいと感じる
荘園制度は理解が難しい制度だと感じた

◯ざっくり理解はしたが、改めて人と税の管理は難しいと感じた

◯荘園に関係するルールは難しいと感じた

【総評】
荘園の理解は1000年の歴史をルールと税・所有者の関係性と、時代背景が複雑にからみあうため、
平均的な流れで説明をと挑戦しました。
しかし、実際の質問を聞いていると、私自身も少しごちゃとなったり、疑問が出たりと、主催者自身も学びのある回であったと、反省もしつつ、次につなげるきっかけになったと感じます。
特に以下反省点です
・初期荘園への支配構図がなかった
・国司とは荘園に関わっていたのか?
・下地中分での国司と荘園の関わり合いはあったのか、なかったのか?
・下地中分は公領に関係があったのか、そもそも鎌倉時代には公領はどの程度あったのか
・室町時代からの名主から戦国大名へいたる道筋の説明が難しい

より深い話は質疑応答時に答えるとして、もっとより平均的な説明が必要だったと反省しています。

次回の来月は終戦記念日が近いこともあり、戦争をテーマとしています。
今回の反省も生かし、次回も荘園については再チャレンジしたいと思います。